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巡回路
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衆目をはばからず替え歌を大声で歌えるのは、子供の特権である。
もし、成人した大人がそんな事をすれば、すぐさまのっぴきならない事態になる事は想像に難くない。 例えば、余が小学生の頃、余の周囲で盛んに歌われていた、ある「草競馬」の替え歌は、以下のような歌詞である。 まっくろけの土人が ヤッホー ヤッホー 槍もって盾もって やってくる それ逃げろ やれ逃げろ とっ捕まったら フライパンで揚げられる しょっぱなからアウトであるが、最後まで油断なくアウトな歌詞である。 これを歌っている動画を、youのtubeにでも上げるなどすれば、忽ち、正しい人たちに囲んで棒で叩かれ、住所、職業、実家、卒業アルバムの作文まで暴かれて社会的に破滅する事になるだろう。 さて、この替え歌は、いわゆる人食い土人をイメージしたものであるように思われる。 しかしながら、微妙にそのイメージにはそぐわない要素がある。 例えば、「ヤッホー」であるが、「まっくろけの土人」と言うぐらいであるから、人種的にはネグロイドを想定したものであると考えられる。そうなると、「ヤッホーとか言わねえだろ」という感想を持たざるをえない。 最後の「フライパンで揚げられる」にも違和感がある。 単に類似の形状の調理器具である可能性もあるが、それにしても、フライパンらしきものを作るには相応の金属加工技術が必要である。 また、揚げるという料理方法にしても、それなりに高度な料理法である。 中国の例で言うと、植物油の大量生産技術が確立したことで食用油が広く行きわたり、熱を鍋に集中させられる竈と熱を効率的に受けられる中華鍋が揃った事で、揚げるという料理方法が一般化した。 シヴィライゼーションで言えば、冶金や活版印刷の前後ぐらいの技術と言える。 人食い土人に付随する未開の蛮人のイメージからは少し遠い。 つまり、こういう推測が成り立つ。 この人食い土人らしき者は、体系的に学んでいなくとも、テレビやインターネットを通じて、母国語以外の知識に触れうる立場にある。そして、大規模な流通インフラを利用でき、一般的なガスコンロやら水道やらも普通に使用できる。 この人物は、現代人なのだ。 おそらく、普段は何食わぬ顔で暮らしながら、密かに手製の槍で人間狩りを行う猟奇殺人犯なのであろう。無論、仕留めた後は、人間串カツでビールでもやりながらご満悦である。 そういったようなわけで、この替え歌は、「人食い土人」ではなく「猟奇殺人犯」の歌だったわけである。 だから、余が過去にこれを歌っていたとしても、余は政治的に正しくない旨の非難を受ける謂れは全くない。いいね? SPQEにより承認 書記:総統
by soutou_d
| 2016-12-21 22:17
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